まほらの天秤 第4話 |
夢も見ないような眠りの中で、突然人の気配を感じ、僕は飛び起きた。 この体に掛けられている布を勢いよく引っぱったのは、武器として、あるいは盾として使えるようにという反射的な行動。 誰だ。 それを認識するため気配へ視線を向けると、そこには大柄な男が、驚きの眼差しでこちらを見つめていた。 衣服越しでも解るほど鍛えられた体を持つその男の顔を見て、思わず息を呑む。 あり得ない。 此処に、僕の目の前にこの人がいるなど、あり得ない。 頭に浮かぶのはそんな言葉ばかり。 茫然とした状態で動きを止めたスザクを見て、その男は「ふむ、随分と元気がいいな」と、笑顔で頷いた。 その笑顔にも、見おぼえがある。 その声にも聞き覚えがある。 まだ、夢は続いているのだろうか。 いつでも攻撃に移れるようにと、ベッドの上で身構えていたスザクに、「元気なのはいいが、怪我人は大人しく寝ているものだ」と言って、横になるよう促してきた。 「もしかして、言葉が通じないのかな?見た所東洋人のようだが」 これは困ったなと、男はあごに手を当てた。 「い、いえ、大丈夫です。ブリタニア語は話せます」 僕は慌てて否定し、思わずベッドの上で正座をした。 ぐしゃぐしゃに握り締めていたタオルケットも思わず畳んでしまう。 そんな僕の姿に、男は豪快に笑った。 「ハハハハハハ、そう畏まらなくてもいい。さて、本当に元気がいいのか、まずは音を聞かせてもらおうか」 その男は、軍人と言われてもおかしくないほど体を鍛えているというのに、その体には純白の白衣を纏っていた。 言動から察するに、どうやら医者らしい。 がっちりとした体格からは想像できない仕事だと思いながら、聴診器を手にした男に促されるまま、僕は服の裾をまくった。 大きく節くれだった武人のような手だというのに、慣れたように聴診器を動かしていく。舌圧子を使い口内を確認し、血圧を図ったりと、一通りの診察を行った。 「うむ、問題は無さそうだな」 男は、穏やかな笑みを浮かべ頷くと、それらの道具を手際よく鞄の中へ仕舞っていく。 「ありがとうございます、ダールト・・・」 そこまでいって、僕は慌てて口を閉ざした。 ダールトン将軍。そう口にしかけた。 目の前に居る男は、自分がまだ人であった頃の上官、ダールトンに瓜二つだったのだ。そのため、するりとその名前が口から飛び出してしまった。 口に手をあて、目までそらしてしまい、しくじったというバレバレな態度までしてしまう。 ああ、僕は何をやっているんだろう。と内心大混乱していた。 こんなあからさまな態度、なにかありますと言っているような物だ。 ダールトンによく似た男は、驚いたようにスザクをじろじろと見た後、豪快に笑った。 「ハハハハハ、どうやらブリタニア史に詳しいと見える。私に似た人物を歴史書で見たのかな?」 「・・・え?・・・あ、はい」 笑い声に驚いてしまい、思わず間抜けな声で返事をした。 遠い過去、コーネリアの腹心の一人であったダールトンは写真付きで歴史書に名前が残されている。 恐らくこの男は、過去にもダールトンと呼ばれた経験があるのかもしれない。 そう思ったのだが、男が口にした言葉は、予想外のものだった。 「まあ、その事もあって、君とは話をしたいと思っていた。ブリタニア史に詳しいのなら丁度いい」 「はあ」 うんうんと、大業に頷く男に、僕はまたも間抜けな返答をする。 「君は此処に運ばれてきた当初、まさに大怪我と言っていいほどの傷を負っていた。だが、あれだけあった打僕も、裂傷も、どういうわけかたった3日で消え去った。医学に身を置く者としては、是非いろいろな実験に付き合ってもらいたい所なのだが」 その言葉に、僕はざっと血の気が引く思いがした。 やはり僕は何かしらの事故にあい、大怪我をし手当てを受けていたらしい。 もしかしたら一度死んだのかもしれない。 記憶が飛んでいるのはその影響か。 だが、不老不死の体はその怪我を僅か3日という驚異のスピードで回復させてしまい、医者の興味を強く引いたと見える。 不老不死とはいえ、全ての傷が一瞬で消え去るというものではない。 治癒に掛かる時間は、傷の大きさに左右される。 銃弾一発撃たれた程度なら数分で再生できるが、3日もかかったということは、外傷だけではなく内臓の大半も損傷していたはずだ。生きているとは到底思えないほど悲惨な状態だったに違いない。 血液、肉片、髪の毛。どんな物も残すわけにはいかない。この体もまたギアスを生み出す源なのだ。C.C.の遺伝子情報が、かつてジェレミアに人工ギアスを与えたという前例もある。 思わず目を眇め、半身分体を引いた僕に「警戒しないでくれ、なにもしはしない」と、男は慌てたように口にした。 「確かに興味深い体ではあるが、君の許可なく実験などしないから安心して欲しい。それよりも、体が治ってしまった所悪いのだが、我々の頼みを、聞いてもらえないだろうか」 穏やかな笑顔から一転、真剣なまなざしで男は言った。 「どのような頼みでしょうか」 仮にも英雄と呼ばれる身。 戦争の火種を見つけては、生ける伝説として世界を駆け巡るのが今の僕の生き続ける理由だ。 その僕が、英雄の名を穢す行為をすることはできない。 例え、もとをただせば穢れたテロリストだったとしても、世界にとっては清廉潔白な正義の象徴でなければならない。 だが、この男から言われた頼み事は、そんな警戒をする必要が無いほど、ささやかな物だった。 「もし良ければなのだが、暫くの間、この屋敷に滞在してもらえないだろうか」 そう言って、男は深々と頭を下げた。 |